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2019年 7月7日


時々しか書けなくなりましたが、今日は新聞を読んでいて一人のミュージシャンが亡くなったと知り書くことにしました。

喫茶 大工集団 欅では夏になるとボサノヴァ(Bossa Nova)をよくかけます。
ボサノヴァは夏によく合い、ジャズミュージシャンもよく取り上げていますからね。

今日、「ボサノバの父」,「ボサノヴァの神」、「ボサノヴァの法王」と呼ばれた、歌手でギタリストのジョアン・ジルベルト(João Gilberto Prado Pereira de Oliveira)氏が6日、リオデジャネイロの自宅で亡くなったとブラジルのメディアが伝えた。
88歳でした。

近年、体調を崩しているとは聞いていましたが、偉大なミュージシャンがまた一人いなくなりました。


Bossa Nova の Nova とはポルトガル語で「新しい」、Bossa とは「隆起、こぶ」を意味するそうです。
ですから Bossa Nova とは「新しい傾向」「新しい感覚」などという意味なのだそうです。

ボサノヴァは1950年代後半、リオデジャネイロのコパカバーナやイパネマ(Ipanema)といった海岸地区に住む白人「中産階級」の学生やミュージシャンたちによって生み出されました。
ブラジルでのヒットのきっかけは1958年にアントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・ジ・モラエス作詞、ジョアン・ジルベルト歌・ギターによる“Chega de Saudade”(邦題:想いあふれて)のシングルレコードによってでした。
ただしこの時点ではボッサ・ノヴァという呼び名はまだ生まれていなかったとか。

要するにジョアン・ジルベルトはボサノヴァを作った創始者ともいえる人なのです。

64年のアルバム「ゲッツ/ジルベルト」収録で、元妻のアストラッドさんと歌った「イパネマの娘」は世界的な大ヒットを記録し、ボサノバの代表曲となり、アルバムとともにグラミー賞を受賞しました。

2003年、72歳になってようやく初来日しました。

今日一日、喫茶大工集団欅はジョアン・ジルベルトのアルバムをかけることにします。

合掌




2019年 5月2日


書きたいことは山ほどあったのですが・・・・、またサボりました。
追々書くことにします。

昨日は歴史的な日になりました。
令和になったので、コレは書かないと活けないと思いこうして書き始めました。


あけまして、おめでとうございます!・・・と、ご挨拶すべきかな。
平成から令和に元号が変わリ、新時代の幕が開けました。

平成最後の日は、陽気なお祭り騒ぎが最高潮に達し、ハロウィンや大晦日同様、渋谷のスクランブル交差点で揉みくちゃになる奴、道頓堀にダイブする奴まで現れましたね。

一夜明けて、新天皇が即位された令和の初日は、国全体が祝賀ムードに包まれました。
天皇皇后両陛下の車列を一眼拝もうと、沿道を埋め尽くした市民が、手に手に日の丸の小旗を打ち振るのをテレビで見て、『いいね。こんな「改元」もいいじゃないの』と納得しました。
30年前の昭和天皇崩御による悲しみと憂いに満ちた代替わりとは、趣が異なり、明るく楽しく、誰もがウキウキと心を躍らせたのではないでしょうか。

正直にいうと、新天皇による証書渙発も待たず、即位のひと月も前に政府が元号を制定するのは、何かヘンだろ?と疑問を感じていたのです。
そもそも、先帝陛下が「譲位」のご意志を述べられた際、あれっ?終身在位では?と首を捻り、政府やメディアが連発する「退位」は意味合いが違うぞ、と違和感を覚えていた。
譲位と改元に関する政府の動きがやや僭越にも見え、「不敬」なんて言葉がちらりと頭の片隅を過ぎったりもした。
皇統の破壊に繋がりかねないと、少し不安にもなったのです。

ところが、そんな疑問や違和感や不安は、あっさり氷解した。
日本中が晴れやかな気分で新しい時代の幕開けを迎えることが出来た。
素敵じゃないか、コレも安倍政権の功績でしょう。

皇室を中心に全ての日本国民が結束し、国の弥栄を願い祈る。
こうやって、われわれ日本人は三千年近くの歴史を紡いできたのです。
そして、これからも永遠の未来に繋げる。

聞くところ、先帝陛下まで125代続く皇統の内、57代の皇位継承が「譲位」によって行われ、126代の今上陛下への代替わりも、皇室の歴史と伝統に反するものじゃないそうだ。
明治の新政府が皇室典範により「一世一元」と定めたから、そうなっていたのが事実らしく、当然ながら、背景には国内外の情勢があり、政治的意図が色濃く滲む。

伝統と云っても、実際に歴史を遡ると、案外短い期間の慣習だったりするものだ。
精々、己の両親か爺婆世代くらい迄の様式や常識しか知らず、ソレが古来続いてきたと錯覚するのが、人の常ですよね。

幸いにして、わが国には膨大な量の歴史資料が保存されています。
過去の事実をよく認識し理解することが、努力次第で可能なのです。
思い込みを捨てて、歴史の真実に向き合いたいと思う。

さあ、皆さん、素晴らしい令和時代を築きましょう!





2019年 2月25日


久しぶりに書くのですが、昨日は二人の友人が亡くなったことを書かねばなりません。
一日に二人も友達を亡くすなんて・・・。
この年になると友人をなくすことが多くなります。

永田は1歳年上で喫茶大工集団欅のお客様として知り合いました。
自分で職業を『ヒモ』と言っていました。
確かに数年前までは無職で、パチンコと麻雀をして一日を過ごしていました。
そんな彼でしたがイイ奴でした。

もう一人は20年位前に知り合ったドナルド・キーンです。
いや、キーン・ドナルドです。
世界的な日本文学者である彼が東日本大震災を契機に、コロンビア大学を退職後は、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明した時は驚きました。

帰化した後に名刺をもらうと漢字で「鬼怒鳴門」と書かれていました。
「漢字の名刺は人を笑わせるために使います」と話して笑いを誘った。
「It's possible to be happy here(今の日本で、僕は幸せ)」と言っていたのが日本人として嬉しかった。
いくら日本文学者とはいえ私よりも日本語が上手く、冗談も機転が利いていて親しみやすい人でした。

貧しかった少年時代、飛び級で奨学金をもらってコロンビア大学に入学、好きなのはオペラ、戦時中は日本語通訳として従軍、捕虜になったことを恥じて死を求める日本兵を「日本の再建のために生きるべきだ」と説得した、戦後に知り合った多くの日本人作家・・・。
話をしていても波瀾万丈の人生でした。

彼の人生を変えたのは安かったというだけの理由で買った『源氏物語』でした。
日本と日本文学をこよなく愛し、自在に日本語を操り、多くの日本人文学者と親交を深めた。
英語と日本語の双方で執筆し、海外に広く日本文学を紹介するとともに、日本人に古典文学の魅力を再認識させてくれました。

   二人に合掌。





2019年 1月15日


20年前にこの地に引っ越してきました。
廻りは田んぼだけで何もないところでした。

その後、国道の反対側に未智の里という団地が出来ました。
数年前には北側に家が建ちました。
一昨年、昨年と続いて国道の拡幅工事が行われました。
そして、今回は喫茶大工集団欅の前の道が山の中に延長される工事が始まりました。
廻りに何もなかったところなのに、いろんなものが作られてゆきます。


何もなかった田舎に引っ越してきたのに、まさか廻りにこんなにいろんなものが作られてゆくとは思ってもみませんでした。

今度の林道工事は近くにある体育館が避難場所であるため、裏山に堰堤を作るための工事用道路です。
林道が完成すれば堰堤の工事用車両が通ることになります。
そして堰堤の工事が終われば散策道となると思います。

工事期間中は駐車場に入りにくくなる事もあるかもしれませんが、今まで通り喫茶店は営業します。





2019年 1月5日


大工集団欅は4日より営業しております。
本年もよろしくお願いいたします。

ところで、年初に
は今年の目標や希望を考える人が多いと思いますが、私の今年の目標は・・・。
蜜蜂の育生です。

と書くと突飛と思われるでしょうが、随分以前より考えていたのです。
それをいよいよ今年やってみようと決めました。


蜂蜜が体によいことは皆さんもご存じの通りですが、ストアで売られている蜂蜜は中国産の物ばかりで・・・、『純粋ハチミツ』と表示されていても、その裏のからくりがあることを知り購入できませんでした。
更に近年では農薬の問題があり蜜蜂が大量に死んでしまい、ハチミツが高騰しています。

そのため以前より養蜂をしてみたかったのですが、熊に蜜蜂の巣箱を荒らされると聞いて諦めていました。
それでも蜜蜂の生態を調べていると、とても可愛い生き物であることを知り、『飼ってみたい』という思いがずっとありました。

そんな思いを持っていたところ、大工集団 欅のお客様の竹田さんが養蜂をしていると知り、教えていただくことになりました。
養蜂の道具一式も年末に買い求め、蜂たちは春に届くことになっています。
待ち遠しい。

せっかくこの様な山里へ引っ越したのですから、山里ならでわの遊べることは多くあると思い、7年前よりヤギの飼育を始めました。
ニワトリの飼育もしてみたいのですが・・・。
今回は蜜蜂です。

『ブンブンブン♪ハチが飛ぶ♪』の童謡でおなじみのミツバチですが、西洋には「ミツバチの歴史は人類の歴史」と言うことわざがあるほど、古くから人間と密接な関係にあるようです。
真っ先に思い浮かぶのは蜂蜜を集めてくれることですが、他にも数多くのすばらしい能力や生態を持っているのです。

蜜蜂の生態は驚くものでした。
大家族で生活する巣には、育児、巣の掃除、食料の貯蔵、防衛(門番)、エサ集めなどのたくさんの仕事があります。
これらの仕事は働き蜂が行い、若い蜂から順に担当する仕事が決まっているため、皆が同じ仕事をしているわけではありません。
巣のひとつひとつの部屋(巣房)の構造は六角形です。
この六角形の巣房が数千個集まったものを巣板といい、セイヨウミツバチではこの巣板何枚かでひとつの巣になります。
働き蜂は腹部にある蝋の分泌腺から出る蝋を使って、触角を定規にしながら性格に六角形を作ります。
さらにミツバチはそれぞれ勝手に花に飛んでいってるわけではありません。
いい蜜源(蜜を採集することができる場所)を見つけた働き蜂は巣に戻ると、ダンスを踊って花のあった方向と距離を伝えるのだそうです。
また、体についた花の匂いも手がかりになるようです。
ダンスで情報を得た働き蜂は、教えられた距離や方向に飛んでいき、いい蜜源を利用するようになります。
蜜蜂がダンスを踊ることを知っていましたか。
可愛いでしょ。

彼らは1日に平均10~15回(花蜜では最大150回)も巣を往復するそうです。
蜜蜂が生きる期間は4から5ヶ月だそうです。
1匹の蜜蜂が一生に集める蜂蜜は、わずか小さじ一杯くらいだそうです。
彼らが一生懸命毎日働いて集めた蜂蜜を人間はいただいているのです。
蜂蜜だけではありません。
ローヤルゼリーやプロポリスもいただけるのです。
ありがとう、蜜蜂たち。

その他にも驚く生態を多く知りました。
今後少しずつ書いてゆきたいと思います。





2019年 元旦


2019年の幕開けの日となりました。
本年も大工集団 欅、喫茶 大工集団 欅、洋菓子 Keyakiを宜しくお願い致します。


皆様は大晦日、元旦をいかがお過ごしでしたでしょうか。
私たち二人は毎年決まった行動をしております。

大晦日には家内がお餅を袋詰めにし、私は神棚の清掃と店の門松、家の注連飾りを付けて、夕方から外出をします。
元旦の早朝に帰ってきて、おやすみなさーい、です。

元旦はお寝坊です。
10時頃に起きて、家内が用意してくれたお雑煮とおせち料理を食べます。
この時だけは年に一度、私もお酒を頂きます。
今年はいただき物の菊姫の大吟醸でした。


こうして今年も二人の一年が始まりました。